フヘンテキロマネスク
「……真咲、顔上げて」
酷い顔をしてる自覚はあるけれど、その声に抗えなくて徐に顔を上げる。
目の前には目尻を下げて柔らかく笑った鈴本くんの顔。
「まずひとつめの上書きね」と人差し指を掲げて笑みをそのままに口を開く。
「真咲って名前を見た時、俺は自分を偽らない真の姿で咲く、ってイメージ持ったよ。だから強がったりしなくてもそのまま、ありのままでいればいいと思う」
「…ありのまま、」
すとん、と胸に落ちてじんわりと温かい気持ちが広がっていく。
「だから俺は真咲が真咲でいられるように名前を呼ぶよ」
名前を呼ばれる度に、存在ごと温かく包み込まれてるような気分になった。『ありのままでいい』、ただそれだけの言葉に凝り固まっていた気持ちが解けていくような。
でもやっぱり今すぐ上書きなんて無理があると思ってしまう。
……そう、思ってるのに、心のどこかで鈴本くんがこの悲しみごと全部攫っていってくれたらいいのにって、身勝手な期待を僅かに抱いていた。