フヘンテキロマネスク


別の車両に移動しようかと足を踏み出したところで、引き止めるように腕を掴まれて心臓が跳ねる。



「……ごめんね」



突然の謝罪の意図と引き留められた理由がわからなくて困惑する。それは何に対する謝罪なんだろう。


「真咲が気まずい思いしないように、って思ったんだけど余計なお世話だったね。ごめん」

「……」


はは、と乾いた笑いを零すと、保科くんは「俺が車両移動するからいいよ」と言って、私の腕から手を離す。


遠ざかっていく足音と背中を見送っていると、いやでも昨日を思い出して唇をかみ締めた。


平気な顔でひとりで歩いていってしまうから、私は文句のひとつも言えなくなる。


いつだって後ろを振り向かない、真っ直ぐな背中が好きだったんだ。前だけを見据える濁りのない瞳も、残酷なくらいに優しいところも好きで。


保科くんと一緒にいれば、自分までもが綺麗な人間になれるような気がしていた。


結局のところ、ただ自分の醜さばかり思い知らされただけだったけど。


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