フヘンテキロマネスク
鈴本くんは一瞬目を僅かに瞠ったかと思えば、ふいに何か考え込むように視線を落として、乾いた笑いを零す。



「…それは俺が卑怯な男だからじゃない?」

「……卑怯?」


想像してなかった言葉に面食らう。それはどういう意味?と聞こうとして、その瞬間、思いがけない光景が目に映った。



「……あ、」



昇降口の近くで立ち止まってる私たちの横を通り過ぎていく生徒の人波の中、知らない女子と並んで話しながら歩いていく保科くんと視線がかち合った。


たった一瞬だったけれど、確かに目が合って、そうして何事も無かったように逸らされていく。


……やっぱり、今日日菜から聞いた話本当だったんだ。


別に日菜の話を信じてなかった訳ではないけれど、こうして自分の目で見てしまうと尚更現実味を帯びるというか。




「……真咲、」



無意識に保科くんの背中を目で追っていた私を引き戻すように、鈴本くんに掠れ声で私の名前を呼ばれてハッとした。

この一週間と少しの間ですっかり馴染んだその呼び名。

私を『くる』と呼んでいたことがなかったみたいに、今では『真咲』と呼ぶことが当たり前になった。


私はなんだかんだで、鈴本くんから『くる』ってあだ名をつけてもらったとき嬉しかったから、少し寂しい気もする。
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