フヘンテキロマネスク
「わ、ぜんぶ美味しそう。私優柔不断なんだよね、どうしよ。鈴本くんはもう決まった?」

「……」

「…鈴本くん?」


反応がないから気になってメニュー表から顔を上げれば、バチリと近距離で目があう。


ふたりでひとつのメニュー表を見てたんだから、距離が近いことなんてわかりきってたはずなのに、私を見るやけに優しい鈴本くんの瞳に、一瞬思考がすべて吹き飛んで。



「……鈴本くん、どうしたの?」



しばらく言葉を見失った末に、やっとのことで出てきた声は、自分のものではないように聞こえた。



「んー、なんかね、可愛いなって思って見てた」

「……」

「だめだ、俺きょうね、浮かれてるんだと思う。私服の真咲も、困った顔する真咲も、メニュー表見て迷ってる真咲も、ぜんぶ可愛いくて、こうして一緒に出かけてるのがすごい幸せ」



そうやって幸せそうな顔で、甘い声でそんなことを言われると、私は困る。私は案外単純な女で、可愛いなんて言われると迂闊にときめいてしまいそうになるから困る。


困るから、


「……そんなの、好きな人にしか言わない方がいいよ」


そうやって、突き放すようなことを言ってしまう。
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