貯金500万円の使い方


 それは例えば、「一緒にご飯を食べる」、とか。


 歩美は料理が得意だから、食事に関して手を抜くことはなかった。

 仕事も持っているのに、手が込んで栄養バランスの取れた食事を歩美はいつも用意していた。

 その食事を、舞花はいつも一人で食べていた。

 僕たちが共働きで帰りが遅くなることが多かったからだ。

 それに、朝の出発時間がばらばらな僕たちは、朝食もばらばらだった。

 休日は一緒の食卓で食べているけど、舞花がテレビを見ながら食べている横で、僕はうるさく鳴るスマホを気にしながら食べていたし、歩美は自分の作ったご飯をSNSにアップしたり、「いいね」を確認するのに余念がなかった。

 結局、舞花の食事時間は僕たちがいるときでさえ、一人ぼっちだったのだ。


 だから僕たちは、なるべく一緒にご飯を食べるようにした。

 平日も食べられるときは一緒に食べたし、朝食の時間も合わせるようにした。

 食事の時はスマホを置くようにした。

 はじめはやっぱりスマホの音や画面が気になって、手が禁断症状のようにむずむずなるのをこらえるのに必死だった。

 舞花は相変わらずテレビを見ながら食事をしていた。

 だけど、以前よりも僕たちに話しかけるようになった。

 今ついているテレビの話から、最近の舞花のブームや学校での流行を教えてくれる。 
 
 好きなタレントやお笑い芸人。

 最近見始めたドラマの話。

 どの顔も同じに見えた男性アイドルグループも、舞花イチオシの「青山君」だけは認識できるようにもなった。


 僕たちは舞花の話を聞いた。

 舞花の声を聞いた。

 舞花の顔を見た。

 同じテレビを見て、笑いあった。

 共感しあった。

 時には言い合いもした。

 そんな時間は、心地よかった。

 スマホを気にしているときよりずっと、心が休まった。

 食事をするってこういうことなんだ。

 そして「一緒にご飯を食べる」といことの本当の意味を、僕は初めて知ったような気がした。


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