貯金500万円の使い方
夕方になって僕たちは帰ることにした。
パーク全体にオレンジ色の柔らかな光がどこまでも広がっている。
その光の中に溶け込む舞花の姿は、とても満足げだった。
少し疲れたのか、目もとろりとしている。
寄り添い合いながら歩く歩美と舞花の後ろ姿が印象的だった。
この場面を忘れたくなくて、目に焼き付けた。
だけど、それでは足りなかった。
僕は疲れ切った舞花が僕の首にかけたカメラを構えた。
そして、西日に輝く二人の後ろ姿にピントを合わせた。
カシャンという軽い音に気づいた二人は、同時にこちらを振り返った。
「お父さん、何してんの?」
「写真、撮っただけ」
「もう、勝手に撮らないでよ。メモリいっぱいなんだから」
「整理すればいいだろ? 何枚も同じの撮ってるんだから。
それより今せっかく夕日がきれいだし、写真撮るからお母さんと並んで」
「えー、いいよ別に」
不満げな声を上げる舞花に、「お母さんも舞花と一緒に撮りたいな」と歩美が僕をアシストする。
「自分の写真なんて、あんまり残したくないんだけど」
微かに聞こえた舞花のボヤキに、僕の胸はぎゅっと締め付けられる。
それは、歩美も同じだったのか、何気なく見た歩美の表情は硬かった。
「じゃあ、一枚だけだよ」
そう言って、舞花は歩美とパークを象徴する建物の前に並んだ。
僕はカメラを構えた。
肉眼で見る夕日は美しいけれど、いざそれをそのままカメラに収めるとなると難しい。
パレードの待ち時間に一通りのボタンは触ったので、何とか設定はできた。
「お父さん、早く」
急かされてもう一度カメラを構える。
舞花と歩美の顔が遠くに見えた。
ズーム機能を使って距離を調整する。
慣れないせいで拡大と縮小を無駄に繰り返す。
「まだあ?」と言いながら二人は笑う。
僕はその問いかけには答えないまま、ピントを合わせ続けた。
本当は、手元のカメラのピントは、とっくに合っていた。
それなのに、僕はなかなかシャッターを押すことができないでいた。
カメラからは笑い合う二人の顔が、よく見えた。
今のカメラは性能が良いんだ。
僕が知っているカメラとは違うんだ。
それを、思い知った。
涙が出そうになるほどに。
この画面に映る二人は、画面の中とは思えないほどリアルだった。
実物そのものだった。
カメラの画質や性能は、これほど進化したのかと驚きたかった。
だけど、そんなこと思っている余裕はなかった。
僕の手は、いつの間にか震えていた。
画面の中の二人をもっと見ていたいのに、目がかすみ始める。
「お父さん?」
「はいはい。じゃあ、撮るよ」
そういう僕の声も、微かに震えていた。
僕は二人の笑顔をじっと見つめたまま、ゆっくりとシャッターボタンを押した。
この瞬間を、しっかりと残そう。
そんな思いで。
いや違う。
このまま、時間が止まってほしい。
そんな願いを込めて。
カメラから顔が離せなかった。
カメラ本体の大きさが、辛うじて僕の顔を隠してくれていた。
だから僕は、カメラの背後で静かに涙を落とした。
とめどなく溢れてくる涙をどうにかする方法がわからなくて、僕は思わず「失敗したからもう一枚」と言って、もう一度カメラの後ろに顔を隠す。
そしてピントを合わせてシャッターボタンを押す。
それを何度か続けた。
そのたびに呆れて笑う二人の顔に、僕の涙は誘われる。
「カメラって、便利だな」
僕は弱々しく笑いながら言った。
それに舞花が「もう、何今さらそんなこと言ってんの?」と呆れた声で返す。
そう、僕は今頃カメラの便利さを思い知った。
__だから、カメラなのか? 舞花。
こうしてそっと、好きな人の顔を見ていられるから?
泣き顔を、見られないように。
舞花も僕と同じように、カメラ越しに美しい世界を、大好きな人の姿を自分の目にとどめようとしていたんだろうか。
面と向かって見つめると、泣いてしまうから。
僕みたいに。
カメラ越しだって、こんなにリアルすぎて、泣いてしまうのに。
僕はシャッターを押し続けた。
失敗か成功かなんてもうわからなかった。
ただこの瞬間を切り取りたかった。
__そりゃあ、整理なんて、削除なんて、できないよな。
だって、どんな場面も、どんな風景も、舞花の愛した瞬間なんだから。