俺の言うとおりにしてください、お嬢様。




「その言葉すら使ったことはありません」



彼は最初、なんて言ってたっけ…。

樋口が出て行ってしまって、この部屋でわたしはポツリ寂しくパンにジャムを塗ってた。


そこに現れたSランク執事さん。



『ご安心ください。必ず俺があなたを立派なお嬢様にしてみせますので』



ほんとうだ、“立派な花嫁”じゃなくて“立派なお嬢様”って言ってる…。


ソファーに座ったわたしの前、丁寧にお辞儀をして挨拶してくれて。

指切りげんまんをしたんだよね。



「へへ…、でもわたし、立派なお嬢様にも───…」



なれてないね───そんな言葉は、消された。


なんて優しいんだろう。

触れているのかいないのか、そのギリギリのラインで合わせられた唇は。



「んっ…」



そっと顎に手が添えられて、くいっと引き上げられることで戸惑うわたしに安心と甘さを与えてくれる。


2回目だ───…。


それをして欲しいって求めたときはしてくれないのに、考えもしなかった今はしてくれちゃう。

ハヤセは意地悪だね、すごくいじわる。



「───…やっと止んだな」


「…もう1回して、」


「…いいえ。今度は俺が止まらなくなりますから」



そう言うと、ハヤセはわたしの弱さを包み込むように抱きしめてくれる。


2人きりの舞踏会。

それはわたしのとって何よりも忘れられない時間となった。



< 199 / 340 >

この作品をシェア

pagetop