忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜



「……やっと終わった……」



自分の要領の悪さを恨みたい。


やはり中々集中できず、結局予定していた分の仕事が終わった頃には定時を大幅に過ぎており、十八時半になっていた。


急いで帰り支度をして、トイレで化粧直しをする。



「ほら、これも社会人のマナーであって、別に深い意味は無いから……」



再び誰に向かっているのかわからない言い訳を零しつつ、鞄を持って恐る恐る自社ビルを出た。


先に傑くんの家に封筒を届けて……。


スマートフォンが着信を知らせたのは、そんな矢先だった。


"天音"と表示された画面。それに首を傾げた。


そういえば、彼の名前を私は知らない。


これだけだと苗字とも下の名前とも取れる。これが彼の名前なのだろうか。いや、自分自身で登録した記憶が無いのだから、十中八九これが彼の名前なのだ。



「……はい、もしもし」



意を決してスマートフォンを耳に当てる。



『あ、唯香?今着いたんだけど、どこにいる?』



やはり電話の向こうから聞こえるのは耳心地の良いテノールボイスだった。


彼、もとい天音さんからの電話だとわかると、急にそわそわしてしまう。



「……会社の前ですけど……、本当に来たんですね」



『当たり前だろ。……あ、いた。こっちこっち』



どっちだよ。そんな言葉は飲み込んで、辺りをきょろきょろと見回す。


すぐに見つけたのは、昼間見た端正な顔立ちと共にある真っ黒なセダン。


見ただけで高級車だとわかるのは、車に疎い私でも知っている有名なエンブレムが付いた左ハンドルの外車だったからだ。


手招きしている姿に躊躇しながらも、小走りで向かう。



「……お、お待たせしました」



何を言えば良いかわからなくて、そんなことを言いながら会釈する。


すると天音さんは昼間とは違い、それはそれは嬉しそうに笑った。



「逃げないでちゃんと待ってたんだ?偉いな」


「……ざ、残業してただけです」



また雑に頭を撫でられて、髪の毛が乱れる。


やめてください、と呟いて手櫛で直すと、今度は面白そうに笑った。


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