忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜



「値段なら気にすんなよ?今日は俺の奢りだ」



そんな時に聞こえた声に、顔を上げる。



「え?」


「当たり前だろ。急に誘って時間作らせたんだ。何考えてんのか知らねぇけど、最初からお前に払わせるつもりねぇよ。安心して好きなもの食え」


「でも……それじゃああまりにも申し訳ないです。自分の分は自分で払います」


「いいって。気にすんな」



私を牽制して、天音さんは慣れたようにコース料理を二人分頼む。


アルコールは?と勧められたものの、運転する天音さんが飲めないのに私だけ飲むのは恐れ多い。そう思ってそれは丁重にお断りをした。


しばらくして、先附の胡麻豆腐と蛸の煮物が運ばれてきた。


天音さんに促されるまま口に運ぶと、今までに無いほどの美味しさに、目を見開く。



「……おいしい」



蛸って、こんなに柔らかくなるの?


胡麻豆腐も香り豊かでとても美味しい。



「ここ、俺が贔屓にしてる店なんだ。出てくるもん全部美味いよ」


「そうなんですね!私、こんな美味しい料理食べたの初めてです!」



その美味しさに驚いて天音さんに笑顔を向けると、むしろ天音さんの方が驚いた顔をする。



「ここ、傑も奥さんとよく来てる常連だけど。連れてきてもらったりしないのか?」


「はい。傑くんは昔から梨香子さんしか見えていないので。私に構ってる時間が無いんですよ」


「そういうものか?」


「はい」



昔から梨香子さん一筋で、私が物心ついた時から傑くんは梨香子さんのために行動していた気がする。


今日だってそうだ。梨香子さんのために私を呼びつけた。


そんなのも昔からのことだから、私も慣れたものだ。


梨香子さんは良い人だし、傑くんも一応感謝はしてくれるから、もうそれでいい。


そんな話をしばらくしているうちにコースは進み、前菜、お椀、お造りを経て焼き物が運ばれてきた。


今のところどれもが頰が落ちそうなほどに美味しくて、一口食べ進めるたびに目尻がだらしなく垂れてしまう。


天音さんはそんな私を庶民だと嘲笑うでもなく、馬鹿にするでもなく、楽しそうに微笑んでくれる。食べているところをじっと見られるのは恥ずかしいけれど、美味しさの方が優っている。その視線を気にしないようにして、私も存分にこの美味しさを味わうことにした。


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