忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜



「出発してもよろしいですか?」


「はい。お願いします」



運転手の男性にそう告げた天音に驚きを隠せない。


私も慌てて「よろしくお願いします」と会釈をすると、「そんな。気になさらないでください。こちらこそよろしくお願いいたします」とルームミラー越しに微笑んでくれた。


車は滑らかに発進して、音も無く進む。



「あの、それで今日はどこに……」



運転手付きの車に乗るなんて今まで全く経験がないものだから、前回よりもさらに緊張してしまう。


どこにいくのかもわからず、ただ乗っているので全く落ち着かない。



「んー、ついてからのお楽しみってことで。唯香、腹減ってる?」


「あ、はい……。今日忙しくて、お昼も飲むゼリーで済ませちゃったので、お腹は結構空いてます」


「マジか。俺も今日同じやつで済ませたわ。一緒だなー」



忙しいドクターはそういうものなのだろうか。
傑くんも仕事中は難しいオペが入ると休憩は皆無だと言っていた。


医局の隣には仮眠室と簡易シャワーが併設されており、そこに寝泊まりしている人も多いのだとか。


家に帰るのもままならないくらいに忙しいドクターもいるらしい。本当に大変なお仕事だ。


そんな貴重な仕事終わりの時間に、私を誘うなんて一体天音はどういうつもりなのだろう。



「……お医者様も大変ですね」



ありきたりな私の言葉に一つ笑う天音は、なんだか楽しそう。


どこに行くかは行ってからのお楽しみ……か。


移り変わる景色を車窓から眺めつつ、無意識にシートベルトをキュッと掴む。


それを見て何を思ったか、天音は右手で私の手を優しく包み込んだ。


< 34 / 86 >

この作品をシェア

pagetop