忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
「出発してもよろしいですか?」
「はい。お願いします」
運転手の男性にそう告げた天音に驚きを隠せない。
私も慌てて「よろしくお願いします」と会釈をすると、「そんな。気になさらないでください。こちらこそよろしくお願いいたします」とルームミラー越しに微笑んでくれた。
車は滑らかに発進して、音も無く進む。
「あの、それで今日はどこに……」
運転手付きの車に乗るなんて今まで全く経験がないものだから、前回よりもさらに緊張してしまう。
どこにいくのかもわからず、ただ乗っているので全く落ち着かない。
「んー、ついてからのお楽しみってことで。唯香、腹減ってる?」
「あ、はい……。今日忙しくて、お昼も飲むゼリーで済ませちゃったので、お腹は結構空いてます」
「マジか。俺も今日同じやつで済ませたわ。一緒だなー」
忙しいドクターはそういうものなのだろうか。
傑くんも仕事中は難しいオペが入ると休憩は皆無だと言っていた。
医局の隣には仮眠室と簡易シャワーが併設されており、そこに寝泊まりしている人も多いのだとか。
家に帰るのもままならないくらいに忙しいドクターもいるらしい。本当に大変なお仕事だ。
そんな貴重な仕事終わりの時間に、私を誘うなんて一体天音はどういうつもりなのだろう。
「……お医者様も大変ですね」
ありきたりな私の言葉に一つ笑う天音は、なんだか楽しそう。
どこに行くかは行ってからのお楽しみ……か。
移り変わる景色を車窓から眺めつつ、無意識にシートベルトをキュッと掴む。
それを見て何を思ったか、天音は右手で私の手を優しく包み込んだ。