忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
見舞客用の出入り口から外に出ると、夏の終わりが近付いているからか、少しだけ涼しい風が頰を撫でた。
ここから家までは地下鉄に乗っていった方が早そうだ。
大通りを駅に向かって歩き進める。
その道中で、後ろからクラクションの短い音が聞こえて振り向いた。
私の真横で止まったのは、見覚えのある高級車。
「……唯香。見舞い帰りか?こんなところ歩いてるなんて珍しいな」
「……天音」
開いた窓から覗く天音の顔に驚く。
駆け寄るように運転席に近付くと、「ちょうどいいから送ってく。乗って」と隣を指さした。
「いいんですか?」
「あぁ。ほら、この道混むから早く」
「……ありがとうございます」
後続車に気を付けながら助手席に乗り込んでシートベルトをつけると、ハザードを消した天音が車を発進させる。
「傑んとこの見舞いだろ?どうだった?アイツの子どもは」
「はい。もう可愛くて可愛くて。梨香子さんもすごく幸せそうで、私まで嬉しくなっちゃって。なんだか私まで子ども欲しくなっちゃいました」
ふふ、と笑っていると、運転中にも関わらず私の頭の上に天音の大きな手が乗る。
「唯香って、子ども好きなのか?」
「そうですね。ほら、赤ちゃんって無条件に可愛いじゃないですか。ふにゃふにゃだし髪の毛はぱやぱやだし、お目目閉じて寝てるのにお口はむにゃむにゃ動いてたりするし。全身からミルクの甘い匂いがして。もう、たまらなかったです」
赤ちゃんを抱っこした時の感覚を思い出すだけで顔がにやけてしまいそう。
「もちろん、親になるのは私が想像する以上に大変なのもわかっているつもりなので、半分は憧れみたいなものですけど」
そんな私を見て、天音は引くわけでもなく、興味深そうに聞いてくれた。