忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
「……あ、いえ、すみません。何でもありません……」
見られていることがバレて、恥ずかしくて勢いよく目を逸らす。
「あれ、貴女は……」
なのに、彼は私の顔を覗き込もうとしてきて。
潤んだ目元を指で拭っている辺り、さっきまではあまり見えていなかったのだろうか。
数秒前と逆転した立場に、私は今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。
タイミングが良いのか悪いのか、エレベーターが到着を知らせてドアが開く。
「ど、どうぞ。着きました」
「あぁはい。ありがとうございます」
下を向きながら手で指し示して、降りたのを確認してから私も足を進める。
そのまま逃げるように出口に向かおうとした私を、何故だか彼は後ろから呼び止めた。
「あの」
「……はい?」
「俺たち、……どっかで会ったことない?」
急にぶっきらぼうな話し方に変わり、驚いて振り向いた。
耳心地の良いテノールボイスが、直接脳に響いて来た。
「……私と、ですか?」
「うん」
顎に手を当てて、私の顔をじっと見つめる。
その眉間はシワが寄り険しいのに、元々の顔立ちの良さなのか、どこか色気を放っているようにすら感じた。
「……人違いじゃないですか?」
こんなイケメン、一度会ったら忘れるはずがない。
なのに、私の記憶上に浮かぶ名前は無かった。
そんなことよりも、早く会社に戻らないと午後の業務に遅刻してしまう。
急がないと。
「申し訳ありません。急いでるので、こちらで失礼します」
その場を去ろうとした私を、彼はまた呼び止めた。