忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
自分でも驚くほど、そのキスで唯香に"堕ちた"と思う。
優しくて、柔らかくて、どこか甘さすら感じる。
一瞬触れるだけだった。すぐ離れた。なのに俺の手は震え、その華奢な身体をグッと引き寄せて。
もう一度、今度はこちらからキスをする。
それだけでは足りるわけもなく、そのままベッドに運んだ。
「……おい、マジかよ。寝てんの?」
人のことを誘惑しておいて、まさかこの一瞬で寝るなんて。
生殺し状態にため息がこぼれ落ちるものの、もう我慢なんてできるわけもなかった。
……寝てるなら、起こせばいい。
俺も大概酔っていて、自分の欲しかなかったためそんな思考が頭の中を占領してしまった。
抱きたい。その柔らかそうな肌に触れてみたい。もう一度キスしたい。
欲に身を任せているうちに途中で目が覚めた唯香は、最初こそ身を捩ったもののすぐに気持ち良さそうに目を閉じて刺激に耐えていた。
そんな姿がさらに俺を欲情させ、時折漏れる甘い声が脳を刺激する。
そのまま朝まで同じ時を過ごし、早朝に俺のスマートフォンに着信が入った。
そこで話し声で唯香を起こすまいと、部屋を出て広い場所まで移動したのがいけなかったのだ。
電話を終えて部屋に戻ると、もうそこには唯香の姿はなかった。
「……これもまた、運命ってやつ……なのか?」
きっと唯香は目が覚めて、自分の部屋に戻っただけなのだろう。もしかしたらまだ酔いが完全には覚めていなくて、寝直しているのかもしれない。
しばらく部屋のソファでボーッとしていたものの、もう一度部屋を出て真向かいの部屋のドアを見つめてみた。
もちろん、そこから唯香が出てくることはなかったし、俺もそのドアを開けることはなかった。
開けて、もし断られたり拒絶されたら。そう考えたら、柄にも無く怖くなってしまったのだ。
そもそも、ここにはもういないかもしれない。
もしかしたら、今頃観光に出ているかもしれない。
傑たちが心配で向こうの部屋に行っているのかもしれない。
そうやって虚勢を張っていないと、苦しすぎた。
胸が、針で刺されたように何度も痛む。
「……なんだよ、これ……」
痛む胸を手で押さえるものの、痛みは増すばかり。
人の病気はわかるのに、自分の身体のことは一切わからない。
それが、"一目惚れ"だったことなんて俺は全く気が付かないまま、皆より早く予定通りその日の晩の便で日本に帰国したのだった。