忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
「ふぅん?まぁいいや。あ、ちょっと待って、スマホ出して」
「え?」
「早く」
「あ、はぁ……」
早くと急かされ、動揺したままスマートフォンを渡してしまった。
別に見られて困るようなアプリも無いからそこは問題無い。言われるがままにロックの解除をし、数十秒操作したのちに返されたそれ。
一見すると何も変わっていないように見えて頭を捻る。
「それ、俺の連絡先入れといたから」
「……え!?」
「今日の夜空けといて」
「え!?」
「せっかく再会したんだ。これも何かの縁だろ?食事でも行こう」
「そんな、急に言われても……」
「今夜十九時。迎えに行く」
「迎えって……どこに」
「あ?お前の会社に決まってんだろーが」
「でも、勤務先なんて言ってな……」
い、と言おうとして、自分の胸元に社員証がかかっていることに気が付く。
私の名前と社名に部署名、さらには顔写真まで載っている。
会社にいる間はずっと首から下げているから忘れていた。
これじゃあプライバシーもあったもんじゃない。
それを手に取り、恥ずかしくて赤面した。
「逃げんじゃねーぞ?……唯香」
そのしたり顔に、心臓が大きく高鳴った。
私の頭を乱雑に撫でて、彼は駆け足でその場を去っていく。
乱れた髪の毛を整えながら、私は頭の中で鳴り響く鼓動にさらに赤面しつつ、動揺を隠しきれない。
「……ハッ!?会社戻らなきゃ……」
思い出して腕時計を凝視する。
あと十分で午後の業務開始時間だ。
この病院からは全力で走って十分で着くか着かないか……、というところ。
それに気が付いて、私は慌てて走り出した。