置き去りにされた花嫁をこの手で幸せに
「着いたけど起きられるか?」

トントンと優しく肩をたたかれ目を開けると加賀美くんの顔が目の前にあり驚いた。

「うわぁ!」

「うわぁって……酷いな。そんな声出さなくたっていいじゃないか」

「ご、ごめん。驚いちゃって。本当に寝ちゃってた。ごめんね」

「何度も謝らなくていいよ。さ、チェックインしに行こう」

車を降りるとトランクから私の分の荷物まで持ってくれている。
受け取ろうとするが、さっさと前を歩いていってしまう。
追いかけるように私はリュックだけを持ちエントランスは入った。

フロントで手続きをしようとしていると加賀美くんがなんだか話し込んでいる。

「どうしたの?」

「いや、部屋がひとつしか取れてないんだ。時期的に1部屋と聞き間違えたのかと思ったらしく2部屋から変更されてたんだ」

「え?」

「お客さま、大変申し訳ございません。私どもの不手際でございます。再確認を怠ってしまいました」

フロントにいる女性に加えマネージャーらしき男性と2人で頭を下げている。

夏休みに入りカップルでの旅行だと勘違いしたのか、と察した。しかしそれでは困る。

「では部屋をもうひとつお願いします」

「それが加賀美様にもお伝えしましたが空室がなくもう一部屋をお取りすることが難しいです。ただいま近くのホテルで空きが出ていないか私どもで確認させていただいております。少々お時間いただけませんでしょうか」

なるほど。
ハイシーズンで空室なしか。
でも次の行動をすぐに取れる教育に感心する。
私たちはロビーに案内されソフトドリンクの提供を受けた。
ロビーは海に面しており真っ暗な海だが庭園がライトアップされている。かすかに聞こえる音楽に座り心地のいいソファ。このまま座り続けたいと思ってしまった。
さすがうちのホテルの競合相手だわ。

しばらく待つと先ほどのマネージャーがこちらに歩いてきた。

「加賀美様、槇村様、お待たせして大変申し訳ございません。お部屋をお探ししましたがだいぶ離れた場所に1部屋空きがございました。ただ、そちらも一部屋になるため別々になってしまいます。ダイバーが素泊まりされるようなホテルでしてお食事はでないとのことでございます。もしそちらにお一人移動されるようでしたらお送りいたします。お食事は当ホテルでお取りいただけましたらと思いますがいかがでしょうか」

そんな……
この素敵なホテルに泊まれないの?
でも加賀美くんを行かせるわけにいかないか。
加賀美くんの方がこのホテルに合ってるし、きっと私の方が素泊まりの方に向いているだろう。

「わかりました。では夕飯の後私が移動しますので送っていただけますか?」

「おい!おまえを行かせるわけないだろ」

「加賀美くんを行かせるわけにはいかないよ。私はどこでも大丈夫だから」

「おまえはここに残れ」

「大丈夫だって。また明日の朝迎えにきてよ。泊まるだけだから平気だって。ご飯食べたら行くから」

「だから俺が行くからおまえが残れよ」

会話が堂々巡りになり話が進まない。
それをホテルのマネージャーはずっと立ち尽くし、状況のゆくえを見守っている。
待たせるのが申し訳ないからもうこの話は終わりにしたいのに。

「もう!私が移動するから。決まりね」

「だからおまえが残れ」

「私なんかがここに泊まるより加賀美くんの方が似合ってるから気にしないでよ。私なら雑魚寝でも気にしないから。そんなの加賀美くんだって知ってるでしょ?」

「バカ、お前がこっちに決まってるだろう。俺は譲らないからな。お前が移動するなら俺は車に泊まるよ。お前だけ不便な思いはさせられない」

「そんな……でも私がこっちに泊まるなんて悪いよ。なら加賀美くんもこっちで泊まる?相部屋にする?ツインなら問題ないよね。雑魚寝のつもりでさ」

加賀美くんは私の提案に驚いていた。まさかそんなこと言い出すなんて思いもしなかっただろう。
固まっている表情を見て私はなんだかおかしくなってしまった。
加賀美くんのこんな表情を見るなんて初めて。
鳩が豆鉄砲を食ったようってこんな顔かな。
クスクスと笑ってしまう。

「私は構わないよ。雑魚寝のつもりでさ。ま、私たちの仲じゃおかしなこともないでしょ。ただの同僚だしね」

「槇村がいいなら…それが…いいかもな…」

詰まりながら話す珍しい姿に私は可笑しくなりまたクスッと笑ってしまう。

「探していただいたのにすみませんがこのホテルに相部屋で泊まります。よろしくお願いします」

「かしこまりました。こちらこそこの度は申し訳ございませんでした。すぐにお部屋へご案内させていただきます」

部屋は海に面した5階にありベッドは2つあり問題ない。
加賀美くんとはもう8年の付き合いで今さら気を遣う仲ではない。

「やっぱりここいいホテルだね。さ、食事に行こうよ。お腹すいたー」

「あぁ。なぁ、本当によかったのか?」

「別に構わないけど。ま、一泊くらい合宿とでも思えばさ」

「ま、俺らの仲だしな」

そういうと部屋を出て食事に向かった。
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