嘘は溺愛のはじまり
私があたふたと適当な返事を返すうちに、マスターは店内にいる誰かに向かって手を上げた。
それを見た人物が、座っていた窓際のテーブル席からこちらへと向かって歩いてくる。
――え?
うそ、でしょ……?
待って。
そんな、私、まだ心の準備、出来てない……。
そんなことって、あるの……?
きっと、違う。
きっとこれは、都合の良すぎる夢。
きっときっと、絶対、夢だ……。
その人が目の前まで歩いてくるほんの数秒で、私の心臓は驚くほど速く大きく激しく鼓動し始める。
ドキドキしすぎて、もはや、心臓が痛い……。
「こんばんは。はじめまして」
「こん、ばんは……」
まさか、密かに心を寄せるその人が目の前で私に向かって微笑むなんて、そんなことが起こるとは思ってもみなかった。
今までこんな近くでその人を見る事は、一度もなくて。
そして、正面から視線を合わせたことも、もちろんなくて。
声だって、ちゃんと聞いたこともなくて……。
無いことずくめだったのに、いきなりその全てが一気に私の前にやってきた。
あり得ない、これは、夢……なのかも……。