嘘は溺愛のはじまり
「うっ。どうしよう、分からない……」
私は野村さんから引き継いだ仕事をしていて、ほとんどの業務は覚えたんだけど、時々しか出ないものに関しては、やっぱりまだ野村さんに聞きながらでないと処理できないものがある。
でも今日は役員会がある日で、野村さんは会議室のあるフロアに行ってしまっているのだ……。
おそらく今日は会議が終わる夕方まで席には戻れないだろうから、私は総務課の人に教えて貰うことにした。
私が秘書課に入るまでは一部の業務を総務課の女性が処理していたから、総務課の人なら分かるはずだ。
私は、前任者の内線番号をプッシュした。
前任者は片瀬さんという女性で、野村さんの一年後輩にあたる。
処理方法を教えて欲しいと教えを請うと、『電話では無理だから、こっちまで来て』と言われ、私の返事を聞く前に内線がブツリと切れた。
野村さんもいないし、あまり離席したくなかったけど……仕方がない。
私は書類を抱えて席を立った。
エレベーターを降りて総務課のフロアに足を踏み入れると、総務の隣にある人事部のエリアで奥瀬くんが人事部の人と話をしているのが目に入る。
総務部はその隣で、さっき内線で話をした片瀬さんは忙しそうにパソコンのキーボードを叩いていた。
「あの、片瀬さん。さきほど内線でお話しした件なんですけど、」
「やっぱり後にして、周年記念誌の原稿でいま忙しいから」