嘘は溺愛のはじまり

「……っ」


有無を言わさず打ち合わせ室に連れられ、扉がバタンと閉められる。


「さあ座って。どこが分からないんだい?」


谷川部長は私を椅子に座らせ、後ろから書類を覗き込んだ。

真後ろから覗き込まれ、私はあまりの近さに思わず息を飲む。


「あ、あの、……っ」

「んん? どこが分からないのかな?」


背後から両肩を手でがっしりと掴まれて、思わずビクッと肩を震わせてしまった。

そんな私の様子もお構いなしに、谷川部長は私の耳元で「どこかなぁ」と囁いてきて……。


生暖かい息が耳にかかり、一瞬で身体が硬直した。

離れて下さい、と言いたいけれど、呼吸がうまく出来なくて、声にならない。

そんな私をあざ笑うかのように、谷川部長は耳元で息を漏らしながらクツクツと不敵に笑って……。


「……っ」


耐えきれず瞼をギュッと閉じた次の瞬間、扉が少し乱暴にノックされる音が聞こえた。

こちらの返事を待たずに乱暴に開けられ、その瞬間、何もなかったように谷川部長が私の肩からパッと手を離す。

よ、かった……。


「お話中失礼します。若月さん、篠宮専務がお呼びです」


ノックをしたのは、奥瀬くんだった。


「若月さん、急ぎの用らしいから、急いで下さい」

「……あ、はいっ」


助かった……!

私は急いで立ち上がり、打ち合わせ室を出る。

総務部のフロアを出て、急ぎ足でエレベーターの前まで辿り着いたところで、私の後を追ってきた奥瀬くんに呼び止められた。

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