嘘は溺愛のはじまり

「若月さん! これ、書類!」

「……あ、忘れて、ました。ありがとう、ございます」


あの場所から一刻も早く逃れようと慌てすぎていて、持ってきた書類を全て打ち合わせ室のテーブルに置いて来てしまったようだ。


「若月」

「はい」

「あれ、ウソだから」

「……え?」

「専務が呼んでるって言ったの、あれウソ」

「え、え……?」


奥瀬くんは、はぁ、とため息を吐いた。


「若月が総務の谷川部長に腕掴まれて、青い顔してあの部屋に入るのが目に入って……咄嗟にウソついた」

「そう、だったんだ……」

「……大丈夫?」

「う、ん、大丈夫……」


私は未だに状況がよく飲み込めていない。


「その書類、急ぎじゃなければ野村さんに聞いた方が良い。総務はあてにするな」

「え、でも……」

「……とにかく、総務に直接持って行くようなことはしないこと。分かった?」

「あの、」

「若月、頼むから」

「……はい、分かりました……」

「……うん。じゃあ俺、戻るから」

「あ、はい、あの、ありがとうございました」

「うん」


なんであんな事になってしまったんだろう……?

奥瀬くんが気付いてくれなかったら、私、どう、なってた……?

まさか社内の、半分ぐらい透けて見えてるはずの打ち合わせ室で谷川部長が何かをするとは思えないけど……、でも……。

私は最悪の事態を想像してしまい、思わず身震いがした。


奥瀬くんが来てくれて、機転を利かせてくれて、良かった――。

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