嘘は溺愛のはじまり
――季節は秋から冬へと移り変わり、12月も半ばになった頃。
街はすっかりクリスマスの装いで、夜ともなればあちこちで煌びやかな光の装飾が施され、街ゆく人々を明るく照らしている。
しかしオフィスの中に入れば一転、いつも通りの空気で、私は安堵の息を吐いた。
……の、だけど。
「……若月ちゃーん、今日の夜、お暇、ですか……?」
「の、野村さん、どうしたんですか……っ?」
朝からなぜだかグロッキーな先輩に、私は一瞬たじろいだ。
どんな時でも明るくてサッパリとした爽やかさの野村さんと、とても同一人物とは思えないほどだ。
「……ふられ、た……」
「……え?」
「う、浮気された上に、振られたっっっ!!!」
えええ!?
野村さんほどの女性を振る男性がこの世に存在するだなんて、信じられない……!!
――今夜も特に何も予定が入っていない私は、昼休憩の間に伊吹さんに【今夜は野村さんと外食する事になりました】とメッセージを送っておいた。
そして……私たちは定時で会社を退社し、いまは駅近くの居酒屋で野村さんの話を聞いているところだ。
「ま、まさか、そんな……」
「……ほんとなのよー。もう、私、何のために頑張ってるんだか分からなくなってさぁ……」
野村さんはビールジョッキを持ち上げ、グビリとビールを喉に流し込んだ。
私は聞き手に徹するために、ソフトドリンクだ。
聞き手が酔ってしまっては意味をなさない。