嘘は溺愛のはじまり

その週末のこと――。

土曜日だというのに伊吹さんは取引先との会合が入っていて、専務秘書である笹原さんの迎えの車で出掛けて行ってしまった。


「……ひま、だな」


ひとりだと時間を持て余す……。

伊吹さんと同居する前は一人暮らしだったけど、こんなに暇なものだったっけ?

思い出せないぐらい、伊吹さんとの時間は私の中では特別で……。

たわいない会話さえ、しあわせなひとときで……。


私は主が不在のマンションの一室をぐるりと見回す。

広くて、快適な空間。

この快適な空間を維持するのに、いったいどれだけのお金が掛かっていることだろう。

私は消費するばかりで、なにひとつ空間維持には役立っていそうもない。


「……そろそろ出なきゃね……」


もともとここでお世話になるのは3月末ぐらいまで、と言うざっくりとした約束をしていた。

いまはまだ12月だけど……そろそろ本気で物件を探さなくては、引っ越し繁忙期に重なってしまう。

引っ越しするとなると今後いろいろお金も必要になりそうだ。

でも、その手のコストは出来るだけ抑えたいなぁ。


伊吹さんは会合のあとはそのまま会食で夕飯の用意はいらないから、私は不動産屋に行ってみることにした。


駅前にいくつかある不動産屋の前に貼り出されている物件を眺める。

だけど便利なエリアはやっぱり相場が高くて、予算やエリアを検討し直さなければいけないことが分かり、少し保留することになった。

分かっていたけど、考えが甘かったと、ひとり反省をする。

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