嘘は溺愛のはじまり

……伊吹さんは、今日は一日、取引先との会合なんだと勝手に思い込んでいた。

私は伊吹さんの秘書じゃないから彼の細かいスケジュールまでは把握していない。

お互い、いつもと違うスケジュールの時だけ報告する、と言う約束をしているだけだ。

私たちはプライベートな時間まで報告し合う関係性にない。

だから、仕事の合間に婚約者に会うなんて約束を、私が聞いているはずもない……。


落とした私の視線の先に、さっき検索していた不動産情報の画面が目に入る。


……そうだよね。

もう本当に、出て行かなきゃ、ね。

きっとそろそろ潮時なんだ……。

伊吹さんが結婚したら、当たり前だけど、私はただの邪魔者。

今だってきっと、私の存在はかなり邪魔なはずなのに……彼女はとっても寛大な人だ。

私だったらきっと、我慢できない。

嫉妬して、悲しくて泣いて、みっともない姿をさらすに違いない。


伊吹さんの隣にいられる権利は、私には無い。

だから、私に残されている選択肢は伊吹さんの隣なんかじゃなくて、あの部屋からさっさと出て行くことだけだ。


……新しい住処が会社から少しぐらい遠くたって、いいじゃない。

むしろそれぐらいの方が、結婚した二人を見かけたりしなくて丁度良いかも知れない。


私は再びスマホと向き合い、不動産情報と対峙した。

かなり時間をかけて検索した結果、いくつかここならと思える物件も見つかった。

また近いうちに不動産屋に足を運ばなくちゃ――。

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