嘘は溺愛のはじまり
……やだ、いらない、この人の“親切”なんて、いらないっ!
私は思わず後ずさりをする。
じりじりと後ろへ下がると、谷川部長も一歩ずつこちらに近づいてきた。
険しい顔が、再びニヤニヤとした気持ち悪い顔つきになる。
いやっ、こ、怖い……っ!
私は思わず、書庫の奥へと走り出した。
すると後ろから「待てっ!!」と声がして、バタバタと追いかけてくる足音が聞こえてきて……。
それなりの広さがあるこの部屋には、いくつも棚が並んでいる。
見通しの利く場所もあるけど、段ボールが積まれていたり資料のファイルが並んでいて見通せない場所もある。
それをうまく利用すれば、ぐるっと回って扉のある場所まで逃げることが出来るかも知れない。
私はイチかバチか、それに賭けてみることにした。
もつれる足で、棚の間を縫うように走る。
上手く、いきますように……!
なるべく音を立てないように走りたいけど、固い床にパンプスのかかとが当たってカツカツと音が鳴り響く。
対して、部長の履いている靴は、底がゴムになっていて、ほぼ音がしない。
――圧倒的に不利だ。
なんとか隠れるようにしながらグルリと棚を回り込み、扉のある方向へと進路を取る。
あと少し、もう数メートル。部長の姿は見えない。
私は手を伸ばして、ドアノブを回した。