嘘は溺愛のはじまり
「……あ、れ!?」
左右に回すけれど、ビクともしない。動かない。
そう言えばさっき後方で気配がした時、カチャンと音が鳴った。
あれは、内側からかけた鍵の音だったのだろう。
ならば、と内鍵を外そうと捻ったが、それも、動かない。
……えっ、なんで……!?
「……残念だったね。ここの鍵はちょっと固くてね。内側からかけると、きみの握力では開けられないんだよ。野村くんに教わらなかったのかい? ククク、バカだねぇ」
部長の下卑た笑い声が、すぐ真後ろで聞こえた。
私は咄嗟に、扉の脇にある内線電話へと手を伸ばし、受話器を上げる。
私が覚えている番号は、数少ない。
野村さん、秘書の皆さん、総務の片瀬さん、それから……。
私は迷わず、ある番号をプッシュした。
呼び出し音が聞こえ、ありがたいことに相手がワンコールですぐに応答してくれた。
相手の名乗りに被さるように私が「あのっ、」と言った所で、ブツリ、と切れ、同時に私の手から受話器が吹き飛ぶ。
見ると、谷川部長が内線電話を掴んで、線を引きちぎりながら床へと放り投げていた。
――ガシャーン!
音を立てて電話が床へと転がる。
「悪知恵だけは働くねぇ。悪い子は、お仕置きだよ?」
「……っ!!」
恐怖を覚えた私は、震える足で再び通路を走り出した。
当然、谷川部長は私を追いかけて来る。