嘘は溺愛のはじまり

「……あ、れ!?」


左右に回すけれど、ビクともしない。動かない。

そう言えばさっき後方で気配がした時、カチャンと音が鳴った。

あれは、内側からかけた鍵の音だったのだろう。

ならば、と内鍵を外そうと捻ったが、それも、動かない。


……えっ、なんで……!?


「……残念だったね。ここの鍵はちょっと固くてね。内側からかけると、きみの握力では開けられないんだよ。野村くんに教わらなかったのかい? ククク、バカだねぇ」


部長の下卑た笑い声が、すぐ真後ろで聞こえた。

私は咄嗟に、扉の脇にある内線電話へと手を伸ばし、受話器を上げる。

私が覚えている番号は、数少ない。

野村さん、秘書の皆さん、総務の片瀬さん、それから……。


私は迷わず、ある番号をプッシュした。

呼び出し音が聞こえ、ありがたいことに相手がワンコールですぐに応答してくれた。

相手の名乗りに被さるように私が「あのっ、」と言った所で、ブツリ、と切れ、同時に私の手から受話器が吹き飛ぶ。

見ると、谷川部長が内線電話を掴んで、線を引きちぎりながら床へと放り投げていた。


――ガシャーン!


音を立てて電話が床へと転がる。


「悪知恵だけは働くねぇ。悪い子は、お仕置きだよ?」

「……っ!!」


恐怖を覚えた私は、震える足で再び通路を走り出した。

当然、谷川部長は私を追いかけて来る。

< 147 / 248 >

この作品をシェア

pagetop