嘘は溺愛のはじまり
「結麻さん……、結麻さんっ」
「い、ぶき、さん……? あ、……どう、して、」
声が掠れたがなんとか絞り出して問うと、奥瀬くんが「俺に内線かけただろ?」と首から提げて胸ポケットに入れてある移動用の内線電話を指先でトントンと叩いた。
「谷川部長がいないし、変だと思って野村さんに聞いたら総務の用事で書庫に行ったって言うし……。マジで焦った」
あんなたったひと言だけの電話で私だと気付いてくれて、しかも他の色々に気付いてくれたことに、私は心の底から感謝をする。
伊吹さんは着ていた自身のジャケットを脱ぎ、私の肩にかけてくれた。
ボタンを失ったブラウスはもう私の身体を覆い隠してはくれない。
私はガタガタと震える唇をなんとか動かして「あり、がとう、ございます……」と小さく口ずさみ、伊吹さんのジャケットの前をかき寄せた。
ぎゅうと抱き締められ、伊吹さんの匂いに、暖かさに、やっと助かったんだと実感して、安堵の涙が零れ出た。
「はいはい、逃げないで下さいね、谷川部長。あんたがやった事は全部俺と篠宮専務が見てますから」
「いっ、いててててっ!!!」
見ると、谷川部長が逃げだそうとして、奥瀬くんに腕を捻り上げられていた。
「ち、ちがうっ! 私は、何も悪くないっ! この、この女がっ、この女が誘ってきたんだっ!!」
私は伊吹さんに抱き締められたまま、首を左右に振る。
違う。
違う、私は、そんなことしてない!