嘘は溺愛のはじまり
「……結麻さん?」
伊吹さんの心配する声が落ちてくる。
でも、私は、伊吹さんに心配されるような、してもらえるような人間じゃない……。
「あ、の、……私、帰ります……」
「まだ動かない方が……」
「帰り、たい」
「……分かった。帰ろう」
書庫で気を失った私は病院に運ばれて、念のため身体に異常が無いかの検査をされたらしい。
幸いどこにも異常はなかった。
医療や科学の進歩をもってしても、私の中にある本当の異常な部分を見抜くことは出来ないなんて……。
「あの、ひとりで帰れるので、伊吹さんは会社に戻って下さい」
「結麻さんひとりで帰せるわけないでしょ?」
「でも、」
「怪我人はおとなしくしてて下さい」
「怪我なんか、」
「頭、打ったでしょ?」
「……」
――結局、伊吹さんはマンションまで送ってくれた。
エントランスで私を抱き上げようとするのをなんとか阻止したけれど、玄関のなかに入り私がパンプスを脱いだ次の瞬間にはもう横抱きに抱き上げられていて……。
そのままベッドへと運ばれた。
「お仕事が忙しいのに……ごめんなさい」と謝ると、「大丈夫だよ」と言って私の頭を優しく撫でてくれる。
……あぁ、伊吹さんの、優しい手だ。
どうして、彼の手は怖くないんだろう。
最初から不思議だった。
普段なら、男性にパーソナルスペースに入られるだけで不安と恐怖に陥るのに、伊吹さんだけは大丈夫だった。
手を繋がれても、抱き締められても、一緒に眠っても……。
それは、私が彼のことを好きだから?
伊吹さんだけが、私の特別だから……?