嘘は溺愛のはじまり
「俺に触られて、嫌じゃない……?」
「……いやじゃないです」
「……そう?」
伊吹さんは両手に包み込んでいた私の手を愛しむように撫で、私の指を自身の指で絡め取った。
そして、「良かった」と、心底安心したような声音で呟く。
「俺のことも怖いんだったら、どうしようかと思った」
……ああ。
どうしてこうも、私の心を揺さぶるのが上手いんだろう。
言葉ひとつで、私の気持ちをあっという間にさらっていく。
なんでもない言葉なのに、心が勝手に浮き立つ。
「結麻さん」
私の名を口ずさみ私を見つめる伊吹さんの瞳がとても暖かくて優しくて、泣きそうな気持ちになる。
このひとの隣にずっといたいって、思ってしまう。願ってしまう。
私がそう願ってしまうこと、許されるだろうか……。
「今回のこと、被害届を出しますか?」
「……え?」
「もちろん、社内での処分はちゃんとする。でも今回のことは、警察に被害届を出してもおかしくない案件だから」
「……」
私は少し考えた末、首を横に振った。
「……いいの?」
「はい」
「本当に……?」
「はい、被害届は、出しません」