嘘は溺愛のはじまり

――昨日の彼女の下の名前は、『結麻』と言うらしい。


「お客様の情報を話すのは、僕の信用問題に関わります」


そう叔父に言われてかなり手こずったけれど、「下の名前ぐらい、いいでしょう」と粘って、なんとか無理矢理聞き出した。

彼の言い分は至極もっともだけど、どうせ和樹さんだって自分から尋ねたに決まってるのだから、俺だけ非難されるいわれはない気がする。


彼女に話しかけたいと思ったけれど、その前に叔父から想定外のことを聞かされた。


「彼女、……多分、男の人が怖いんじゃないかな」

「……根拠は?」

「僕とほとんど目を合わさない。僕がコーヒーを出す時、いつも一瞬身構える」

「……気のせいでは?」

「うん、僕も気のせいだと良いな、と思うんだけどね」


叔父は、ひとの心の機微に聡い。彼が言うのなら、恐らく間違いないだろう。


「気軽に声をかけて怖がられて嫌われないよう、気を付けて」

「……」

「あと、伊吹くんが嫌われるのは構わないけど、彼女を傷付けたりしたら僕が許さないからね」

「……分かってます」


我が叔父ながら、穏やかな声と笑顔でこう言われると本気で怖い。

絶対に敵に回したくないタイプだ。
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