嘘は溺愛のはじまり
ことの始まりは、こうだった――
「失業、ですか」
――と、困った声で私の言葉を復唱したのは、行きつけのカフェ『infinity(インフィニティ)』のマスターだ。
「はい、来月から……」
「それは……困りますね」
「はい……」
1年前のある疲れた日の夜に見つけた、家の近くの小さなカフェ。
お店の落ち着いた雰囲気と優しく温かいマスターの人柄に惚れ込んで、私はほぼ毎夜このカフェを訪れるようになっていた。
マスターはとても聞き上手だ。
私の他愛のない会話に付き合ってくれるし、ちょっとした悩み相談をしたらとても的確なアドバイスをくれたり、落ち込んでいたら優しい言葉で慰めてくれたり……。
私の心には、もうこのカフェはなくてはならない存在になっていた。
今日も、私があまりにも暗い顔をしていたから「何かあったんですか?」って声を掛けてくれて……。
それでつい、今日の会社での出来事を話してしまったのだ。
「それに……」
カフェオレの入ったカップを両手で包み込んで、まだ少し冷えている手を温める。
季節は、秋。
夜はぐっと冷え込むようになってきた。