嘘は溺愛のはじまり
『――結麻さん、今日は夕飯は必要ないです』
思い出されるのは、今朝、玄関先で交わした会話だ。
この言葉の意味を、私は正しく理解していなかった。
取引先かご友人、どなたかとの会食があるのだろう、ぐらいにしか思っていなかった。
もし、朝から覚悟していれば、私はいま泣かずに耐えられただろうか……?
――伊吹さんの手にしていた紙袋のロゴに、見覚えがあった。
あのロゴは、『infinity』の向かいの、あの花屋のもの――。
「……っ、」
泣きたくない。
“うれし涙以上”に泣いてしまったら、伊吹さんが不審に思う、きっと。
花瓶に花を生けて、そっと涙を拭う。
……よし、大丈夫、少し目が赤いけど、不審に思われるほどではない、はず。
私は意を決して、伊吹さんが待っているであろうリビングへと、花瓶を手に足を踏み出す。
スーツのジャケットを脱いでネクタイを外した伊吹さんが、スマホを片手に立っている。
誰かと連絡でも取っていたのだろうか。
“誰か”、だなんて、そんなのは分かりきっているけれど、精一杯、知らないふりをする。
「お花、とても綺麗ですね。ここに、飾っておきますね」
ダイニングテーブルに花瓶を置く。
本当に、とっても綺麗だ。
私の好きな色で溢れている。