嘘は溺愛のはじまり

野村さんはこんなに美人で気さくで素敵な人なのに、野村さん自身はその辺あまり自覚がないらしい。

私が男だったら、たとえどんなに残業ばかりで会えなくても、野村さんを手放したりしないのに。

……あれ?

じゃあこれってもしかすると、私と野村さんって相思相愛かも?

なんて、脳内でちょっと悪ふざけしてみる。


今日は月に一度のノー残業デーが設定されてる金曜日。

そんなタイミングで伊吹さんは明後日までシンガポールに出張で、今夜は私ひとりだ。

ひとりであの広い部屋に帰るのは、なんだか寂しい。

完全に伊吹さんに依存してしまっている――。

でも……。

いつかはあのマンションから出て行かなきゃいけない。

私は同居人で、居候。

仕事は決まったんだから、本来ならそろそろ自分で住む場所を見つけなければいけない。

分かってるけど……、つい、もうちょっとだけ、なんて思ってしまう自分がいる。


3月末にこのマンションの下の階が空くからと言われているけど、あの時はまさかこんなに高級なマンションだとは知らず、首を縦に振った。

仕事も家もなくして焦っていたとは言え、あまりにも冷静さを欠いていたと、今更ながらに思う。

いま冷静に考えれば、コンシェルジュが常駐するような“超”の付く高級マンションに、いくら割り引いて貰えるとは言え一介のOLが居を構えられるはずもない。

もっと現実的な物件をちゃんと探す必要があるだろう。



――はぁ……。
< 90 / 248 >

この作品をシェア

pagetop