嘘は溺愛のはじまり



「……なにため息ついてんの?」




「っ!?」


突然正面から声を掛けられ驚いて顔を上げると、そこには人事部の奥瀬くんが立っていた。


「……奥瀬、さん……」


敬称をどうすればいいのかよく分からないので、とりあえず無難に“さん”付けにして名を口ずさむと、奥瀬くんは眉間に皺を寄せた。


「……野村さんは?」

「え? あ、今日はもう帰られました」

「あー、じゃあ入れ違いか」

「あの、何か……?」

「ちょっと役員秘書の出勤状況の件で聞きたいことがあったんだけど……帰ったなら月曜日で良いです」

「あ、はい、お伝えしておきます」

「月曜は一日中採用チームの手伝いでバタバタしてるから、移動用の番号に連絡して貰うように伝えてくれる?」

「はい。……えっと、あの、“移動用の番号”って、何ですか?」


よく分からない言葉が出て来てしまって、思わず私は首を傾げて奥瀬くんを見上げた。

デスクとカウンターを挟んで正面に立つ奥瀬くんが、眉根を寄せたまま目を細めているのが見える。

え、っと……。

私、何か、とんでもない粗相でもしてしまっただろうか……?

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