何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。



『舞花!?』


「朝はごめん。やっと仕事終わった」


『はぁ……良かった』



隼也は、私からの電話にホッとしたような声を出した。



「土曜からずっと連絡してくれてたんでしょ?ごめんね」


『いや、それは全然いいんだけどさ。具合は大丈夫か?』


「ん?うん。大丈夫」



そう言えば具合悪くて寝てたって言ったんだっけ。


自分で言い始めた言い訳が、どんどん自分の首を絞めていくような気がしないでもない。


ふと、沈黙が訪れて私が道を歩く音だけが響いた。



「隼也?」



呼びかけると、電話の向こうで言葉を濁しているのがわかる。



「何か用があったんじゃないの?」


『……あの、さ。金曜日……』


「……金曜日?あぁ、隼也酔い潰れちゃったから運ぶの大変だったよ。もう本当、飲み過ぎ注意!」



努めて明るく振る舞うものの、心臓はバクバク言っているし気を抜けば声も震えてしまいそう。


あの時の情事を思い出すだけで赤面してしまう。



『あー……いつも悪いな。迷惑かけて。今度金払うから。マジでごめん。ありがとう』



ほら、隼也はいつも通りだ。


やっぱりあの夜のことなど、何も覚えていないのだろう。


< 24 / 116 >

この作品をシェア

pagetop