何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。
「お待たせいたしました」
忘れるはずもない、その声を聞いた時。
私は思わず目を見開いてその顔を凝視した。
声を発しなかったことが不思議なくらい、驚いた。
「初めまして。常盤安秀と申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」
副社長の自己紹介の声に笑顔で応じる彼。
いつもふわふわにセットされていたはずの髪の毛はきっちり後ろに流してあって、それなのにその日本人離れした堀の深い顔立ちはあの頃から何も変わっていない。
「こちらこそ、初めまして。お会いできて光栄です。佐久間商事の鷲尾隼也と申します」
目の前で繰り広げられる名刺交換を呆然と眺める私は、多分すごい顔をしていたと思う。
だって。
隼也?隼也なの?
目の前にいる佐久間商事の専務取締役。
その彼は、今"鷲尾隼也"だと名乗った。
どういうこと?隼也が、佐久間商事社長の子息?
そんな話、聞いたことないんだけど。
ずっと、営業で働いていたのに。何故あなたは今、そこにいるの?
あまりにも凝視していたからだろうか。
彼は視線を辿ってきて。そして私と目が合った。
私と同じか、それ以上か。
その目を見開いた時の目力に、顔に穴が開きそうだった。
お互い何も言わないまま見つめ合っていたからだろうか。
副社長が私たちを見比べて、不思議そうに首を傾げる。