何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。
「鷲尾専務。うちの秘書が、何か?」
「……あ、いえ、すみません」
彼は、こちらをチラチラ見ながら副社長と笑顔で握手を交わす。
私は、今すぐここから逃げ出したくてたまらない。
しかし、あたりまえだがそんなことはできるはずもない。
「津田島さんも、ご挨拶を」
「……はい」
副社長に促されると、私と彼は同じタイミングで肩を揺らした。
「……常盤の第一秘書の津田島舞花と申します。よろしくお願いいたします」
「……頂戴いたします」
ぎこちない名刺交換をしている間に、副社長は相手方の秘書の方と名刺交換をしていた。
受け取った名刺を見る。
【佐久間商事専務取締役 鷲尾隼也】
何度読み返しても、そこには隼也の名前が記されていた。
そっと顔を上げると、隼也も私の名刺から顔を上げて、しばらく目が合う。
「どうぞ、お掛けください」
先に目を逸らしたのは、隼也の方だった。
「ありがとうございます。失礼いたします」
二人がソファに腰を下ろしたのを見て、私は傍に待機していようと思っていたものの、
「……津田島さんも。どうぞお掛けください」
隼也がわざとらしく私に声をかける。
副社長を見ると、柔らかく微笑んでいて。
「……恐れ入ります。失礼いたします」
私も静かにソファに腰を下ろした。