何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。
「本日はご挨拶に伺いましたので、こちらで失礼いたします」
「ご足労いただいてありがとうございました」
「いやいやこちらこそ。今度はぜひゆっくり食事でもいかがですか」
「はい。ぜひよろしくお願いいたします」
時間で言えば、たったの十五分ほどだった。しかし私には、この十五分が何時間にも感じられた。
副社長と彼は終始和やかな空気で会話しており、今後の関係性も問題無く構築できそうではあった。
私が個人的にそわそわしていただけで。会社同士はこれからも安泰だろう。
彼も何度も私に視線をやっており、完全に私だと気付いていたのは明白だ。
副社長が帰るために腰を上げた。
そのタイミングで私のスマホが鳴り、着信を知らせた。
「すみません、失礼します」
副社長に目配せをして、会釈をしながら急いで応接室を出る。
「お疲れ様です、津田島です」
電話に出ながらエレベーター前まで向かった。
電話は夕方にある商品開発部の最終プレゼンの時間変更のものだった。
少し早まるようで、それに合わせて取締役会議も調整が必要かもしれない。
電話を切ってから、すぐさま社長の第一秘書に電話をかけ、スケジュールを調整する。
どうにかなりそうで、安心して電話を切ったところで応接室の方から人の声と足音が聞こえた。