何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。
それにどう答えようか悩んでいるうちに、副社長が微笑む。
「彼女にはね、まだ二歳の子どもがいるんですよ」
「え……?子ども……?」
「はい。その子が熱を出したようなので、早く病院に連れて行ってあげないと」
副社長は何気ない会話のつもりだったのだろう。しかし、私は何かに取り憑かれたかのように身体が動かなくなってしまった。
驚愕に満ちたような隼也の視線が、私を捉えて離さない。
私の左手に一瞬視界を移した隼也は、そこに何も無いことを確認してもう一度私の顔を見た。
"意味がわからない"という表情。それに私は今どんな顔をしているか、想像が付かない。
「津田島さん、こっちは大丈夫だから、早く行ってあげて。隼輔くんが待ってるよ」
隼輔。その名前を副社長が口にした瞬間。
もう私は隼也の顔を見られなかった。
「……ご迷惑をおかけして申し訳ございません。お先に、失礼します」
頭を下げたままどうにか言葉をこぼし、そのまま隼也の顔を見ずに足速に立ち去った。
隼輔を迎えに行って病院に連れて行って、寮に帰ってきた時にはすっかり疲れきってしまい、隼輔と一緒に眠りに落ちてしまった。