何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。
「舞花……マジで舞花だ……」
何度もそう言って私の名前を呼ぶ。
その度に私は
「うん。舞花だよ」
と頷いて、背中に回った腕でトントンと一定のリズムを刻む。
久し振りに感じる、隼也の匂い。
知らぬ間に首筋辺りに付けている香水は、私が数年前まで使っていたものにそっくりな香りだ。
昼間に会った時は香らなかったから、本当に少しだけつけているのだろう。
甘酸っぱい、柑橘みたいな香り。
"グレープフルーツみたいだな、その香水"
そんな言葉で馬鹿にされたもの。
私はその香りが爽やかでとても気に入っていて、隼也に何を言われてもしばらくつけていた。
今はもう、自宅でインテリア代わりになってしまったけれど。
懐かしい香りに、胸の奥がきゅうっとする。
どうして隼也から、この懐かしい香りがするのだろう。どうして隼也は、この香りを選んでいるのだろう。
止まらない疑問は、声になることを知らない。そのまま私の心を揺さぶるだけだった。