何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。
しばらくしてから私の身体をそっと離した隼也は、下を向いたまま数分動かなかった。
「ねぇ……、一つ聞いてもいい?」
「ん」
「隼也が専務って……どういうことなの?」
再会してからずっと考えていたこと。
確か隼也のお父さんは、普通のサラリーマンだったような気がする。
大企業の社長だなんて、聞いたこともなかった。
「……うちの社長、俺の母親なんだ」
「……え、お母さん?」
「そう。旧姓佐久間紀子。母親の家系が、代々うちの会社の跡取りなんだよ」
「……知らなかった……」
お父さんじゃなくて、お母さんの方だったとは。
確かに隼也のお母さんも、昔からバリバリ働いていたように思う。
知らないのも頷ける話だ。
しかし隼也はあまりこの話は好きじゃないのか、その表情は固い。
「俺の話はいいんだ。お前の話を──」
そこまで言いかけた時、寝室の扉が開いた。
「……ままぁ……?」
目を擦りながら、お気に入りのぬいぐるみを抱えて歩いてきた愛おしい姿。
「隼輔っ……ごめん、起こしちゃった?」
思わず駆け寄って、抱き上げる。
抱っこしながら背中をトントンとしていると、隼也と目が合ったのか
「ままぁ……このひとだあれ?」
ときょとんとした目で隼也を指差していた。
なんて答えよう。そう思って私も隼也に視線を送ろうとする。
しかし、振り向いた瞬間。
隼輔の顔を見て驚いたように固まっている隼也を見て、一気に現実に引き戻されたかのような錯覚がした。