日溜まりの憂鬱
―――久しぶりにパンプスを履いた。

 ヒールはそんなに高くないのに歩きづらく、自然と身体が前のめりになる。
 四角い鏡と向き合った菜穂はパフを頬に押し当てた。
 一昨日、伸びっ放しだった髪を鎖骨の辺りでカットし、明るすぎない程度に髪色を整えたばかりだ。見慣れない姿に違和感がある。だが、仕事をしていた頃の自分が鏡の中に蘇っていた。

 ライフマーケットの本社ビルを訪れたのは随分久しぶりだった。
 約束の時間より30分前に到着した菜穂はビル一階に入る本店の店内をぐるりと見て歩き、お客様トイレで化粧直しをすることにした。

 ひどく緊張している。

 野田さんには「菜穂ちゃんの採用はほぼ決定なんだから、堅苦しく考えないで。面接っていっても形だけよ」
 そう何度も言われたが、人とのかかわりを最小限に生活していた菜穂にとっては一大行事だ。

 身だしなみを再度チェックし、菜穂は最後の仕上げといわんばかりに口紅を引き直した。


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