婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
杉咲が眉を下げる。
「結婚してるのに片想いか、かわいそうだね」
奈子は唇を噛みしめた。
だんだん気が遠くなってくる。
ただ杉咲の前にじっと座っているだけで、ひどく体力を消耗していた。
(家に帰りたい)
たとえ宗一郎がいないとしても、ふたりで過ごした記憶のある家に。
ここから逃げだして、優しい思い出の中に隠れていたかった。
「あ、それなら、もしかして……」
杉咲が奈子に身を寄せて、内緒話をするみたいにささやく。
「まだエッチしてないの?」
奈子はびっくりして思わず目を上げた。
ついに反応を引き出した杉咲が、うれしそうに笑う。
「あ、それは意外かも。宗一郎くんも、することはしちゃうんだ。好きじゃない女の子でも、結婚してるんだもんね」
それからふと顔をしかめる。
「でも仕方ないか。宗一郎くんには、子どもをつくる義務があるもの」
平静でいなくちゃいけないと言い聞かせているのに、奈子は動揺を隠せなかった。
泣かないようにするのが精いっぱいだ。
宗一郎と奈子が体を重ねたのは、そんな理由のせいじゃない。
少なくとも奈子は恋をしていたし、宗一郎はそれまで待っていてくれた。
ノックをしたのは奈子のほうだ。
奈子がそうと決めて、ベッドルームのドアを開けた。