婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~

杉咲が奈子を追いつめることにようやく満足した頃、カフェは混雑する時間を過ぎ、静かなささやきだけが聞こえて、空席も目立っていた。

杉咲は抵抗するすべのない惨めな奈子を憐れんだ。

奈子は杉咲が立ち去ってからしばらくして呼吸のやり方を思いつき、冷め切ったコーヒーを飲んで店を出た。
なにも考えられず、どこへ向かうのかもわからない。

それでも気がつくと、奈子はふたりのうちを目指していた。
宗一郎には会いたくないのに。

高い塀に囲まれた大きな家の、細く照らされたアプローチをたどる。

部屋に明かりは見えなかった。
ホーズキ自動車の黒いラグジュアリーセダンも止まっていない。

奈子はバッグの中からキーケースを探しだし、虹彩認証で警備を解除して、一度うしろを振り返ってから鍵を開けた。

木製のハンドルを引いて、玄関に体をすべり込ませ、またすぐにドアを閉める。
すばやく施錠することも忘れなかった。

宗一郎がそうするようにと言ったから。

ドアに背中をぴったりと預け、ずるずると力なくうずくまる。
家の中は暗く、冷たかった。

宗一郎はいない。
そんなこと、ずっと前から知っていた。
よかったのだ。

宗一郎は今頃、買収対策に奔走している。
ホーズキの社長として、こんなときに奈子を気にかけていてはいけない。

宗一郎には鬼灯グループのすべてがかかっている。
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