婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~


◇ ◇ ◇


宗一郎は片手で顔を覆って息を吐きだした。
後部座席に深く体を預ける。

何度電話をかけてもつながらない。
このままでは頭がおかしくなりそうだった。

「こたえていますね」

運転席でハンドルを握る佐竹が、ちらりと目を上げてバックミラーに映る宗一郎を見る。

まぶたの下に濃い影が落ち、頬は少し痩せていた。
心配そうに眉をひそめる。

さすがなのは、ダークグレーのスーツの着こなしには一分の隙もないことだ。
佐竹の身なりはいつでもきちんとしている。

どれだけ追いつめられていようと、宗一郎をひとりで走らせることはしない。

その佐竹でさえ、ここのところの切迫した慌ただしさには勘と余裕を奪われていた。

「すみませんでした。私が杉咲の記事を止められていれば、もう少し事は単純だったはずなのですが。手をまわすのが遅れました」

とはいえ、宗一郎も似たようなものだ。

多々良がなにか企てていることはわかっていた。
鬼灯家の同族経営に反対している連中と熱心に接触していたことも、GAIが巨額買収の準備を進めていることも、調達された資金がホーズキにTOBを仕掛けられるほどの大金だということも。

宗一郎を標的にしていることも知っていた。
どんな方法であれ、多々良はいずれ宗一郎の社長解任を迫ったはずだ。
< 120 / 158 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop