婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
奈子が圏外にいる。
ただそれだけだ。
奈子がどこにいるかわからないせいで、宗一郎は冷静さを失いそうだった。
宗一郎はたぶんなにかを見落としている。
おそらく奈子は杉咲の記事を読んだ。
だから宗一郎の電話を拒否した。
でもたとえ奈子がどれほど宗一郎に愛想を尽かしていたとして、いつまでもスマホの電源さえ入れないなんておかしかった。
奈子は宗一郎が本気で心配することをわかっていて、深夜までわざと連絡を絶ったりしない。
高慢な考えだと怒るだろうか。
きっともっと決定的に奈子を打ちのめすような、恐ろしいことが起こったのだという気がしている。
頭は鋭く冴えわたり、体中の筋肉が緊張して、警戒をやめることができない。
宗一郎は努めて呼吸のやり方を忘れないようにし、スマートフォンを握りしめたまま窓の外を眺めた。
「きみはよくやってるよ。それに」
多々良の執着は奈子を巻き添えにすることさえ厭わない。
宗一郎は知っていた。
多々良がわざわざ忠告したからだ。
宗一郎と一緒にいれば、奈子もきっと傷つくことになると。
だからこそ宗一郎はほとんど家にも帰らず、注意深く多々良の行動を探り、なにより奈子に危害を加えないよう見張っていた。
だけど、ひとりにするのではなかった。
多々良がなにを書かせるために杉咲に接触したか、本当の理由に気づいたときには、もう手遅れだった。
宗一郎が奈子のそばにいなかったからこそ、杉咲の記事は成立した。
しかも、宗一郎には杉咲を責める資格がない。
似たような方法で奈子の逃げ道を塞いだことがあるからだ。
「俺も同じだ」