婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
リビングに駆け込んで見回してみても、奈子はいなかった。
部屋は真っ暗で冷たい。
「奈子!」
名前を呼んでも返事がない。
宗一郎は冷静さを手放しそうになった。
突然、奈子がいつもたったひとり、どんな気持ちで宗一郎の帰りを待っていたか理解する。
ひざまずいて頭を垂れ、もしも許されるのなら、腕の中に奈子を抱きしめたい。
大股でリビングを横切り、石壁のアルコーブに隠れるように作られたドアを開ける。
体中が緊張していた。
奈子が宗一郎をまだ待っていてくれるとすれば、この部屋しかありえない。
一瞬、書斎の中にも奈子の姿は見えなかった。
焦りがつま先から駆け上がってくる。
恐怖を抑えて目を凝らしてみると、ふと、薄暗い書斎の真ん中にある小ぶりなソファの陰に、すらりとした脚が覗いていることに気がついた。
パッと手を伸ばして電気をつけ、ソファの反対側に回り込む。
奈子はそこにいた。
床の上にうずくまり、ソファの座面に突っ伏すようにして眠っている。
途端に宗一郎は理性を取り戻した。
ちゃんと頭が働いて、さっきよりはまともにものを考えられるようになる。
宗一郎は静かに膝を折り、小さく呼吸をする奈子を見つめた。
手を伸ばしてまつげにかかった前髪を払う。
目の端にはまだ涙が残っていた。
まぶたが赤く腫れ、ついさっきまで泣いていたのだとわかる。
宗一郎が傷つけた。