婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
奈子は前髪を直すふりをしてうつむいた。
仕方がないので、しばらくためらってから小さくつぶやく。
「あの、宗一郎さんに教えてほしいことがあって」
「ん?」
「でも、いやだったら、黙ったままでいいですから」
「答えるよ」
「こんなこと聞くの、ほんとに、すごく失礼だってわかってるんですけど……」
「いいよ。なんであれ、きみがいなくなるよりましだ」
奈子は宗一郎からほんの少しだけ体を離し、おなかの前で両手の指を組み合わせ、せわしなくほどき、それを背中に隠して、ようやく思いきって顔を上げた。
「……杉咲さんと、その、したことありますか」
宗一郎は本当に、理解できないみたいだった。
「なにを」
きょとんとして聞き返してくる。
奈子は口を引き結んだ。
あまりに不愉快なことを思い出したせいで眉をひそめる。
それで宗一郎も気がついたのか、奈子を囲っている腕の筋肉がいきなりピンと張りつめた。
「まさか! そんなことするかよ、ありえない。あの女がきみにそう言ったのか」
奈子はふと首をかしげた。
杉咲は思わせぶりに、何度も宗一郎との関係をほのめかした。
耳を塞ぎたくなるようなこともたくさん教えられた。
杉咲は宗一郎がどうやって女の肌に触れ、見つめて、キスをするか、事細かく聞かせたのだ。
まるで知っているかのように。