婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
第五章 東雲
桜が東雲に散っている。
奈子は雪見障子の和室に寝転び、縁側に飾った切り花を眺めていた。
宗一郎が鬼灯本邸に咲いている八重桜を枝ごと取ってきたのだ。
奥に見える中庭には、卯木の花が白いつぼみをつけている。
『それで和瑚は、ケントのほうが賢いって褒めるんだよ。たしかに、彼に投資の才能があることは認めるけど、まだティーンなのに。奈子も僕よりケントがいい?』
奈子は小さく笑った。
スピーカー通話に設定した電話に向かって応える。
「いつもありがとう、イーサン。ケントにも会いたいな」
『また会いにきて。今度、奈子の好きなプログラムの再演が決まったんだ。チケットを取っておくから』
背後で上吊り式の引き戸が静かにスライドする音がした。
「奈子」
パッと体を起こして振り返る。
「宗一郎さん」
奈子はきょとんとして目をまたたいた。
まだ朝の五時だ。
昨日も帰るのが遅かったから、もっとゆっくり寝ているかと思っていた。
宗一郎が大股で部屋を横切り、膝をついて奈子の上に覆いかぶさる。
そのまま畳に押し倒してキスをした。
とっさに押し返そうとした手をつかまえ、優しく指を絡めて耳の横に縫い留める。
下唇にそっと歯を立て、誘惑するように引っ張った。
体の下に閉じ込めた奈子を見下ろして、そばに転がっているスマホを顎で示す。
「誰?」
奈子は頬を真っ赤にした。