婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
「義兄です。和瑚ちゃんの夫の、イーサン」
イーサンはここのところ、ニューヨーク証券取引所が閉まる頃に電話をかけてきて、アメリカ市場の動向を教えてくれていた。
たぶん、姉の和瑚にそうするよう頼まれたのだろう。
なかなか会うことができないから、あんな記事を書かれた奈子が本当に立ち直ったのか、気にかけてくれている。
ケントは十二歳になる甥で、この機会に投資を学ばせることにしたらしい。
イーサンが電話の向こうで楽しそうに笑う。
『おはようございまーす! 奈子のハンサムが目を覚ましたなら、僕は退散することにするよ。和瑚が帰るまでに夕食の準備をしないと。ふたりはちゃんと仲良しだって伝えておくから。またね、奈子。いい一日を』
それきりプツリと通話が切れる。
宗一郎は奈子と目を見合わせた。
恥ずかしさで泣きそうになっている奈子の腕を引いて体を起こし、乱れた前髪の隙間にキスをする。
「ごめん、奈子が隣にいなかったから。夏にふたりで会いにいこう」
奈子はまつげを伏せてうなずいた。
和瑚たちは結婚式に列席できなかった。
ふたりとも仕事が忙しいはずで、ケントにも学校があるし、どうせレセプションパーティのような披露宴だから、わざわざ無理をしてアメリカから来るほどのことではないと伝えたのだ。
姉は奈子がずっと結婚に憧れていたことをわかっている。
そのせいで、鬼灯宗一郎との婚約を知られたときから、ずいぶん心配をかけていた。
今は、和瑚にも宗一郎に会ってほしい。
夢に見ていたのとは少し順番が違ったけれど、きっと奈子もすてきな恋をしていると、教えてあげたかった。