婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
宗一郎が大股で近づいてきて、うつむく奈子の顎を長い指ですくった。
片頬だけで器用に笑う。
「きみは俺に不満があるらしい」
不遜なアーモンド型の目に見つめられ、奈子は慌ててふいっと顔を逸らした。
宗一郎がシワのないパンツのポケットに両手を突っ込み、尊大な態度で奈子の文句を待っている。
大抵の要求には応えられるとわかっているから。
きっと宗一郎の思い通りにならないことなんて、月の満ち欠けくらいなのだろう。
奈子はたいして乱れてもいないワンピースの裾を整え、ぽつりとつぶやいた。
「宗一郎さんは、何色が好きですか」
虚をつかれたように宗一郎がまばたきをする。
奈子はつま先に向かって早口で話しかけた。
「私は緑色が好きです、でも宗一郎さんは知らない。嫌いな食べ物もわからないし、連絡先も交換してない。だけど住む家の相談をして、結納の日取りも決まって、ふたりの、こ、子どもをつくる時期まで契約してる」
奈子は小さく息継ぎをして顔を上げた。
宗一郎が奈子をじっと見つめている。
奈子の丸い頬はほんの少し赤くなった。
「宗一郎さんのことを教えてください。これって契約違反ですか」
日が陰り、強い風が髪をさらう。
奈子は指先で前髪を直すふりをして目を伏せた。
宗一郎が冷たくなった奈子の手を握り、家の中に引き返していく。
「きみにまだ見せていない部屋がある」