婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
螺旋階段を降りてリビングに戻り、大画面のテレビを掛けた石壁のアルコーブに隠れるように作られたドアを開けた。
部屋の中には小ぶりのソファとカウンターデスクがあるだけで、備え付けの棚にはたくさんの本が並んでいる。
そこは小さな書斎だった。
奈子は目を丸くして本棚に駆け寄る。
「あの、これってマビノギオンの原典ですか? オースティンが全部揃ってる。ブロンテも、モンゴメリも! それ、初版本のデザインですよね」
宗一郎が腕を組んでドアに寄りかかり、本棚の端から端まで夢中で歩く奈子を眺める。
「残念ながら復刻版だよ」
奈子はパッと振り返って笑った。
「残念だなんて! とってもすてきです、夢みたい」
宗一郎が眩しそうに目を細める。
奈子はひとりで浮かれていることが急に恥ずかしくなって、慌てて口をつぐんだ。
両手を背中に隠してうつむく。
幼い頃、姉の和瑚にからかわれたことがある。
花や人形や色えんぴつの代わりに、トリスタンとイズーの異本をいくつも並べて喜ぶ小学生なんて、ちょっと変わっていると。
だからといって宗一郎の反応を気にしているわけではないけれど、ゆったりと距離を詰められると、奈子は緊張で呼吸の仕方を忘れてしまいそうだった。
宗一郎が手を伸ばし、奈子の頬に落ちた髪をそっと耳にかける。
「本邸の書斎から持ってきたんだ。きみが好きだと言ったから」
奈子の胸がキュッと苦しくなる。